みずほ銀行の暴力団融資問題が記憶に新しいが、この手のトラブルは銀行だけの問題ではない。規模を問わず、あらゆる業種の企業が暴力団関係のトラブルのリスクを抱えていると言ってもいい。その企業の社員、またその家族も、いつ、どのようなときにトラブルに巻き込まれるかわからない。いざトラブルが起きた場合、あなたはうまく切り抜けられるだろうか。今回は、暴力団関係のトラブルを数多く解決してきた石上晴康弁護士に、実際の事例を基に急場をしのぐためのコツや、その場で言ってはいけない言葉などを伺った。
●何気なく停めた営業車 その前にあった店とは
ほんの3分で済むはずだった。
大手不動産情報会社の営業担当者・田中(仮名、20代男性)は、毎日担当エリアの地元不動産会社を回り、最新の物件情報を集めていた。そのエリアとは新宿歌舞伎町。飲食店やオフィス、住居などさまざまなニーズがあり、若手不動産営業マンにとって経験を積むにはもってこいの場所だった。
田中はいつものように営業車に乗って、得意先の不動産屋に図面を届けに行った。しかし、昼間とはいえそこは日本有数の歓楽街のこと、車を停めるパーキングがなかなか見つからない。仕方なく、目的地の不動産屋の向かいに車を停めた。
「図面を届けるだけだし、いいか」
そう思って、田中は車のカギを付けたまま、図面だけを手に不動産屋へ小走りで向かった。しかし、停めた場所がマズかった。そこは風俗店の無料案内所の入り口の前だったのだ。派手な蛍光ピンクの装飾も、急いでいた田中の目には入らなかった。
田中が異変に気づいたのは、用事を済ませて車に戻ったときだった。いかにも、それと分かる40代とおぼしき男二人が、車の前で田中の帰りを待っていたのだ。
●営業妨害だ、どうしてくれる! そのまま店内へ連れ込まれた
「おまえ、どこの会社だ。入り口の前に車を停められちゃ、客が入れないだろ。さっき入りそうな団体客が逃げていったんだぞ。営業妨害だ、どうしてくれんだよ!」
田中はいきなり怒鳴られた。確かに、そう言われてみれば、そうかもしれない。停めた場所は入り口の目の前。営業妨害と言われても仕方のない場所だった。小走りで不動産屋に向かうときに、5~6人のグループとすれ違ったような気もした。
「も、申し訳ありません! すぐに移動させますので……」
怒鳴られ、凄まれたことで気が動転していた。もう、本当に営業妨害だったのかどうかなんて、冷静に考えることはできなかった。
「謝って済む事じゃないだろ。どうしてくれるんだよ。売上が落ちたんだぞ」
ふと男の手を見ると、車のカギを持っている。逃げられないように、田中の営業車のカギを抜いていたのだ。
(しまった……)
悔やんでも遅かった。田中はその場で土下座させられた。アスファルトがすごく冷たかった。衆人環境の中、しかも路上で土下座させられる屈辱と、この場を切り抜けられなかったらどうしようという絶望で、頭の中は真っ白だった。
その後、田中はそのまま店の中に連れて行かれ、胸ぐらを掴まれ、何度も凄まれた。そして再び土下座させられた。
そのうえ取られたのは車のカギだけではなかった。名刺と運転免許証を奪われ、コピーを取られてしまった。これで男たちに自宅と会社の住所も掴まれてしまった。もう逃げる事はできない。
「どう責任を取るんだ。上司を呼んでこい!」
「謝って済む問題じゃないだろう。どうするんだ、うちの売上が落ちたんだぞ!」
田中はひたすら謝り続けた。すぐに上司が飛んで来て、さらにその上司である部長も駆けつけた。三人でひたすら謝り続けると、男が言った。
「4日後、夕方の4時にオレの納得する結論を持ってこい」
田中たち三人は約束するしかなかった。とにかくこの場から解放されたい――その一心だったから無理もない。ほんの3分程度の駐車が、身に危険が及ぶほどの一大事になってしまった。
●脅されただけじゃ事件にはならない
田中たちは解放されたその足で、すぐに新宿警察署に向かった。ところが対応した警官からは予想もしない言葉が返ってきた。
「これじゃ、事件になりません」
つまり、田中は土下座を強要され、胸ぐらは掴まれたが、金品の要求はされていないし、殴られてもいなければ怪我もしていない。男の行為は恐喝罪には問えないというのだ。
さらに、男は名刺も出していないから会社名もわからない。いわゆる“代紋”も、ちらつかせなかった。暴力団対策法では、暴力団の名前などを示して相手を脅したりすることは禁止されているのだが、男の行為はこれにあたらないのだ。まるで警察は「殴られてから来い」と言わんばかりだった。
困った田中たちは、石上晴康弁護士のもとに駆け込んだ。
「彼らも利口なんですよ。絶対に手を出さない。胸ぐらを掴んでも、証拠にならないことは彼らも知っているんですよ。典型的な連中のやり方ですね」
石上弁護士は続ける。
「話を大きくしていくことが彼らの常套手段です。次は『店の売上が落ちた責任はどうするんだ』、『うちの企業としての損害はどうするんだ』と言ってきます。しかし、恐喝罪になっちゃうから、絶対に連中のほうから金品を要求する事はありません」
結局、石上弁護士の指導のもと示談書を作成することにした。状況から判断すれば、店の入り口の正面に車を停めたことは、営業妨害と言えなくもないからだ。ここは非を認め、示談することが得策だと判断したのだ。
10万円の示談金とともに4日後に男の事務所を三人で訪れた。10万円の根拠は、田中が車を停めた際に店に入りそうだった客5~6人で、風俗店の客単価を約2万円と想定し、合計10万円とした。男は何も言わず示談書とカネを受け取り、解決したという。
●その場を切り抜けるために覚えておくべき3つの言葉
このようなトラブルは、日々の仕事のなかで、だれにでも起こりうるものだろう。今回のケースで、田中たちの対応は正しかったのだろうか。石上弁護士によれば、反社会的勢力とのトラブルでは次の3つを言い続けることが大事だと言う。
「まず、一つめは『申し訳ありません』と謝罪する事です。今回のケースのポイントは『自分に非があるか』です。店の目の前に車を停めていれば、営業妨害と言われても仕方ないかもしれません。田中さんはひたすら謝罪をしています。これは正しい行為です」
先述したが、反社会的勢力は話を大きくする。会社に損害が出た、どう責任を取るのか、責任者を呼んでこい、というのが典型的な言葉だ。
「二つめは『社に戻って相談して、必ず連絡します』です。でも連中はすぐには許してくれません。謝ったり、社に戻って相談すると何度伝えても、『どうしてくれるんだ』と凄んできます。そうしたら、三つめの言葉である『どうしたらよろしいでしょうか』と言うことです」
田中ら三人は、凄み続ける男の前で、ひたすら謝り続け、どうしたらよろしいでしょうか、と聞き続けたという。そうすることで、男たちも埒があかないと考えはじめ、「4日後に結果をもってこい」と切り出さざるを得なくなったのだ。
「何を言われても、この3つを言い続けましょう。気が動転して、怖いので、3つくらいが限界です。これはすべての企業の営業担当者が覚えておくとよいでしょう」(石上弁護士)
●メンツを潰すな カネを払うな
逆に、言ってはいけないこと、やってはいけないことはあるのだろうか。石上弁護士は、次のようにアドバイスする。
「彼らはメンツを大事にします。メンツを潰すようなことを言ったりやったりすれば、利害関係とは関係なく凶暴化します。毅然とした態度で、先の3つのことを言い続けなければいけませんが、『あなたチンピラでしょう』とか『下っ端でしょう』などと、こちら側が強がってしまうのは絶対に避けるべきです」
また、その場を切り抜けようとして、カネを払おうとする事も絶対に止めるべきだと言う。
「カネの話をこちら側からすると、彼らは内心では『シメシメ……』と思っています。でも彼らは絶対に受け取らないでしょうね。なぜなら、受け取ったら恐喝罪が成立する可能性があるということを、彼ら自身がよく知っているからです。むしろ、怒りだすかもしれません。『オレらをハメようとしているのか』と」
非がある場合は謝る、その場でカネを払わない。この2つが鉄則のようだ。
●会社登記簿から怪しさを見抜け
できることなら、こうしたトラブルは未然に防ぎたい。暴力団と関係の深い企業や人とは、できるだけ距離を置いておきたいが、見分けるのは難しい。まさか「あなた、暴力団と関係ありそうですよね」とは聞けない。
そこで石上弁護士に、見分けるポイントを伺った。
「まず会社登記簿を見てみる事です。そのなかの目的欄がありますが、そこにやたらといろいろ書いてある場合は、注意した方がよいでしょう。例えば出版業を本業としている会社なのに、脈略なく『遊技場の運営』とか『金融業』とか書いてある場合は、アラームが鳴らないとダメですね」
さらに、実際にその人に会ってみて、言葉遣いや仕草を観察する事だと言う。
「反社会的勢力の人たちは独特の言葉遣いをします。世間話をしているときに、何気なく出てくる言葉に気をつけると、その人がどういう素性の人か予想できます。よく彼らが使う言葉で「垢落ち」(刑務所で刑期を終えて出所すること)、「義理掛け」(暴力団が主催する行事、例えば襲名祝いや放免祝いなどに招待されること)なんていうものは会話でよく出てきます」
さらに、石上弁護士は反社会的勢力が自社に来てしまったときも対応のコツがあると話す。
「まず、応接室には灰皿を置かないことです。だいたい、この手の方はタバコを吸う方が多いです。ですので、手持ち無沙汰の状態にして、長居をさせないようにしましょう。もし灰皿を要求してきたら、『当社は禁煙です』と言って切り抜けましょう」
もし、長居されてしまって、いつまでも帰るそぶりを見せなかった場合はどうするのか。
「その場合は、秘書との連係プレーが有効です。秘書に定期的にメモを入れさせてください。メモには、実際は何も書いてなくていいです。これを繰り返し、頷いていればいいです。こうすることで、相手には『これはオレのことを警察に通報しているんだな』と思わせることができ、相手はだんだんと居心地が悪くなってきます。これはすごく大事で、効果的です」
それでは、みずほ銀行とオリコのように、すでに反社会的勢力との取引が綿々と続いてしまっている事に気づいたときは、どうすればいいのだろうか。
その時は、まずは警察と弁護士に相談する事が大事だと石上弁護士は言う。
「下手に動いてしまえば、要らぬトラブルを招く事にもなりますし、もし反社会的勢力だと立証できずに一方的に契約解除などに踏み切って、それが多くの人に知れ渡ってしまえば、名誉毀損で訴えられてしまう事も考えられます。焦って、拙速に動き出すことは避けなければなりません」
冒頭に紹介した田中の例は、実際にあった話だ。田中は土下座のショックとその日の恐怖がトラウマになり、会社を退職してしまったという。もし、田中が石上弁護士の言う、その場を切り抜けるための3つの言葉をあらかじめ知っていれば、会社を辞めずに、経験を糧に一皮むけた営業担当者として活躍していたかもしれない。
反社会的勢力とのトラブルはだれにでも起こりうるものだ。外回りをするビジネスパーソンであれば、3つの言葉と、言ってはいけない・やってはいけないことを覚えておきたい。